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希死意無ハウス

多分絵とかクソSSとか作る。

私達の行く先は天ではなかった。

第弐話 人首霊音の場合③

 放課後。
私は部活にも委員会にも所属していないため、放課後の用事もなにもない。
そういうわけで、ひどく退屈な時間を終えた卑屈な私は、下校時間になるとすぐに百円均一のバッグを背負って教室を後にするのだ。
今日は河川敷の方まで寄り道をして帰ろうかしら。
私は自分にも見えない何かと話しているフリをしながら、そんなことを考える。
「賛成してくれるなんて珍しいこともあったものね」
「……その意見には賛同しかねるわ」
「空? あぁ確かに、日が暮れるのが早くなってきたわね」
誰かに指摘されたかのようにわざとらしく上を見れば、まだ十七時前後にも関わらず、もう空が紅く染まっていた。
「こんなに暑いのに、太陽だけはもう秋の気分だなんて」
見えない幻覚のことも忘れて、私は思わずそう呟いた。

 夕方の街灯が点き始める河川敷は私の心を癒した。
水辺の風は他よりも気持ち涼しく、シギなんかの鳥たちが自分や自分の種のためだけに生きているのを見るのが心地よかった。
なぜならば、鳥たちには人間のような"面倒な"「好意」がないからだ。
だからこそ私は、安心して彼らを見守ることが出来た。
私はそれらを眺めながら河川敷横の遊歩道に併設されたベンチに腰掛け、いつものようにあることを考える。
「今日は三人……」
三人。それは今日一日、業務連絡以外で喋った人間の数。
具体的に言えば、登校時にまだ生きてたのか、などと聞いてきたあいつらが該当する。
そういえば、担任には呼び出されることもなかったし、そもそも何も言われなかった。
──一人増えたところで何も変わらないのだけど。

 私は周りに人間がいないことを確認する。
それから、コートのポケットからカッターを取り出し、ズタズタになった左腕を露出させた。
汗でべとついていた腕が気化熱で少しひんやりとしたが、今からすることを考えると逆に気持ちが悪かった。
軽く深呼吸をし、カッターの刃をカチカチと出していく。
この音は贖罪の為に必要な音だと考えている。
……生徒総会のような、無意味な儀式などでは決してなく。
私は、一日に言葉を交わした人間が五人以下であれば、浅くでも腕を切るようにしている。
手首から肘の方へと順に切っていき、肩まで切れた時に罪が赦されるものだと勝手に思っている。
しかし、自分自身もあまり信じきれずに同じ箇所ばかり何度も何度も切っているのが現状だ。
そして今日も──。

 「私がいけなかった。ごめんなさいお母さん。そして、お父さん」
そんな懺悔の言葉を虚空に向かって投げかけ、刃を腕に押し付ける。
本当はどんなことをしても赦されるとは思っていない。
それでも、それでも。
私は押し付けた刃を引いた。
──否、引けなかった。贖罪の一つが叶わなかった。
なぜなら、何か黄色いものがカッターにぶつけられ、カッターが飛んでいったからである。
一体何が起きているの?
何かボールが当たった? いや、誰の気配もしなかった……。
じゃあ……何が?
私はカッターの飛んでいった先に目を向ける。
その時。

 「だめじゃない! もうっ、なにしてくれてるのよ~!?」
突如、見えたものを信じられずに感情の整理がつかない私に追い打ちをかけるような甲高い子供の声が"降って"きた。
声を聞いた私は恐ろしいまでの好意を察知し、顔を上げることも出来ずに縮こまった。
どうして。こんな声の人間を私は知らない。
恐らく話したこともない。
なのに、どうしてこいつは私にこんなにも好意を持っているの……?
そして、あの黄色い物体は……。
「ねぇあなた! 今何してたの?
大事な大事な『能力持ち』を傷付けるだなんて!
能力持ちさん本人でも許さないんだからね~っ!」
能力……?
気が動転した私は相手の莫大な好意を利用して禁忌の能力を使い、相手を遠ざけた。いや、遠ざけようとした。
私はそれすらできなかったのだ。相手は、何も動かなかった。
私は……能力を失った? それともこいつは……。
「なん、で……貴女は、誰なの……?」
私は自分でも驚くほどに怯えた声色で恐る恐る顔を上げた。
見えたのは、"虫のような羽をつけた少女が浮遊している"といったものだった。
化け物。第一印象はそれだけだった。
人語を介しながらも能力が効かない人型の、化け物。
恐らく、私の顔は大きく歪んでいたのだろう、化け物は名乗らずにこう続けた。
「ね、そんなに怖がらなくていいよ! だいじょーぶだから!」
空っぽにさえ感じる満面の笑みを浮かべる少女の形をした何か。
こいつは、私の気を一ミリたりとも理解していない。
「あ、わたしの名前だっけ?
わたしはレンだよ、レモンの妖精さん!
わたしはね、あなたたち能力持ちさんのことが大好きなの!
それでそれで、妖精はね、あなたたち能力持ちにしか見えないから安心してね!」
「妖、精……?」
あぁ、私は本当におかしくなってしまったのね。
なんだか、怯える気持ちも薄まってきた。むしろ不思議と面白ささえ感じている。
私は立ち上がり、あいつが"カッターを飛ばした黄色いレモン"を手に取った。
こいつの発言はにわかには信じがたいものの、自分の能力が効かなかったことから察するに、この世の者ではないことはなんとなく理解できた。
妙に冷静な心持ちになって周りを見てみても、こいつが見えているのはどうやら私だけらしかった。
レンと名乗る妖精(?)を眺めてみたが、金髪に薄黄色のワンピースドレスという、全身黄色みたいな奴が宙に浮かんでいたら日が暮れかけているとは言え、誰だって気にもするだろう。
しかし、周りにいた人間の視線は私が幻覚ごっこをしているときと変わらなかった。
「……貴女は何をしに来たわけ?
まさか、私を赦しにきたとでも言うの?」
気狂いの真似を続けるように、わざと難しい顔をしてそう尋ねる。
「ちがうよちがう! あなたのことなんてまだぜーんぜん知らないし!
わたしね、あなたとお友達になりたいだけなの!
今投げたそのレモンはホントならお友達の証なんだけど……。
あのね、乱暴しちゃってごめんね?」
パチン。
どこまで本気なのかも分からない謝罪を口にしながら指を鳴らすと、彼女はいつの間にかレモンを手にしていた。
「はいどーぞ! それ汚れてるから交換したげる!
受け取ってくれたことだし……改めて、あなたはわたしのお友達ね!
あーそいえば、あなたは名前なんて言うの?」
「……ちょっと待って」
「え? 自分の名前忘れちゃったの~?」
「貴女と会ったショックで忘れたのかもね。
状況を整理するから少し待っていて」

 お友達。 あまりにも突拍子もない言葉だった。
……私には気がおかしいとしか思えない。
実際こいつの頭は人間サイドから見るにネジの七割は既に飛んでいるのだろうが。
能力が効かない化け物相手とは言え、罪人の私が友達を作るなんてそんな真似ができると思っているのかしら?

 それにしても、受け取ったレモンはただのレモンにしか見えない。
毒が入れられているようにも感じないし、入れる脳があるとも思わない。
いや、こいつはなにも知らない運び屋の可能性もある。
しかしこいつは「私と友達になりたい」という目的があるから運び屋というのも違う気がする。
まさかこいつは本当に「友達になりたいだけ」なのか……?
こいつは妖精という人智を超えた存在だ。
考えるだけ意味もないのだろう。
それに、こいつは能力を持つ者にしか見えないらしい。

 私は深呼吸をし、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「状況は理解したわ。貴方とお友達になりましょう。
『能力持ち』にしか私の情報が行かないって、信じてあげる。
私の名前は人首霊音。人首とでも呼ぶといいわ。」
「わかった! "れいねちゃん"、よろしくね?」
 馴れ馴れしいこいつとの会話が終わる頃には、すっかり日は沈み暗くなっていた。

 話し終わり、空を飛んでどこかへと行ったあいつをぼんやりと見送った後、私は思い出したようにカッターを拾い、無造作にバッグに押し込んだ。
家に帰らなければ。
そう思って家の方に向かおうと、先ほどまでのことはそう簡単には頭から離れてくれなかった。
あれは一体、なんだったのかしら?
夢のように突拍子もなかったけれど、このカッターの汚れは恐らく本物。
しかし、私はそんなにファンタジックな夢を見た記憶がない。
それに加えて、足を少し引きずりながら滑稽に歩く自分を考えるにあれはやはり夢だったのだろうと思う。
久しぶりの学校で気疲れした可能性だって大いにあるわけで。
川にかかった橋の街灯はいつも通り水面を照らしていて、なんとなく惨めな気持ちになる。
「私が普通だったら、こんな思いもしなくて済んだのだけれどね」
なんとなく手に持ったままのレモンを眺めてそんなことを呟いた。

こんなに遅く帰ったら私はどうなるのか。
だんだん更に足が重く感じてきて、帰るのが憂鬱になってくる。
それでも、お母さんが心配するから私は帰らなくてはならないのだ。


人首霊音の場合③

2020/05/01 up
2021/03/03 修正

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